金商法の課徴金-制裁型への転換(上)(日経新聞2007/11/14)
不適切な会計処理
金商法の課徴金-制裁型への転換(上)
「やり得」許す4万円の軽さ
抑止力強化へ制度改正
不正な株式売買をした投資家や虚偽の財務書類を出した企業に課徴金をかける制度が始まって二年半。金融庁は金融審議会(首相の諮問機関)で課徴金の水準を引き上げ、制裁色を強めるための検討を始めた。なぜ今、金融商品取引法(旧証券取引法)の罰則を強化する必要があるのか。制度改正の課題を探る。
欧米とはケタ違い
証券取引等監視委員会は十月十九日、東証二部上場の泉州電業社員二人がインサイダー取引をしたとして四万円と五十八万円の課徴金を科すよう金融庁に勧告した。四万円は過去最低の「タイ記録」で、二月のジャパン建材の案件以来二度目。監視委からは少ない額の課徴金しか科せない制度の限界にため息が漏れた。
資本市場の不正を摘発する監視委に課徴金の勧告権限が与えられたのは二〇〇五年四月。刑事告発より素早い処理が可能になり、適用実績は二年半で二十八件に達した。問題は課徴金の水準だ。全体の七割弱にあたる十九件が百万円未満の事例。日興コーディアルグループに科した五億円は例外的な存在だ。
原因は課徴金の算定方法にある。違法行為でもうけた利益を没収する考え方を基本としており、制裁として金額を余分に上乗せできない。違反者から見れば課徴金の支払いを命じられても懐が痛むことはない。
欧米ではインサイダー取引などで違法に得た利益の二倍程度を制裁金として科す手法が主流。巨額の粉飾をした旧ワールドコム(現MCI)への制裁金が七億五千万ドル(約八百二十五億円)に上るなど実際の適用額もけた違いだ。
適用範囲も穴が目立つ。「これが課徴金の対象に含まれていないとは」。今年九月、相場操縦をしていた丸八証券への処分を検討していた監視委幹部はあぜんとした。相場を「変動」する目的の相場操縦は課徴金の対象になるが、丸八のように株価を高止まりさせる「固定」目的は対象外。丸八は業務停止命令は受けたが、課徴金は免れた。
制裁強化に追い風
金融当局にとって追い風は、金商法以外の課徴金制度でも強化の動きが相次いでいることだ。
例えば来年四月をメドに施行される改正公認会計士法。粉飾決算に関与した監査法人を対象とする課徴金制度を設ける。特徴的なのが故意の場合は過失に比べ、一・五倍の支払いを命じる点だ。課徴金に制裁的な意味合いを与えたととらえることができ、金商法の課徴金を見直す際のモデルになる。実際、金融庁幹部は「(金商法の)制度改正に向けタネをまいておいた」と明かす。
公正取引委員会も独占禁止法上の課徴金の対象を「優越的地位の乱用」などにも広げる改正作業を進めている。課徴金制度に詳しい東京大学大学院の宇賀克也教授は独禁法の見直し論議を踏まえ「金商法の課徴金制度も不当な利得の没収という考え方にこだわる必要は全くない」と話す。
「四万円でどれだけ抑止力が働くのか」(原早苗委員)。見直しの議論を進める金融審でも、委員からは制裁型への転換を支持する声が相次ぐ。市場の不正を抑止する課徴金の効果を高めるには「やり得」を許さない制度設計が必要となる。
英米の高額制裁金の例
企業名 金 額 主な違反行為 時期
旧ワールドコム(現MCI) 7億5000万ドル(約825億円) 開示書類の虚偽記載 2003年7月
タイムワーナー 3億ドル(約330億円) 開示書類の虚偽記載 2005年3月
マカフィー 5000万ドル(約55億円) 開示書類の虚偽記載 2006年1月
ロイヤル・ダッチ・シェル 1700万ポンド(約39億円) 不適切な情報開示 2004年8月
シティグループ 1400万ポンド(約32億円) 不適切な事業運営 2005年6月
モルガン・スタンレー 約1500万ドル(約17億円) 電子メールの記録保管不備 2006年2月
2007年11月14日