2010年02月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

金商法の課徴金-制裁型への転換(下)(日経新聞2007/11/16)

不適切な会計処理

金商法の課徴金-制裁型への転換(下)
株価への影響軽微でも適用
硬直運用実態とズレ
 二〇〇五年七月、コマツはオランダの休眠子会社の解散を発表する一枚の簡単なニュースリリースを出した。直近の売上高はわずか三十二万ユーロ(約五千百万円)で業績に与える影響はない。翌日の市場でもほとんど材料視されなかった。
 しかし、一年八カ月後、証券取引等監視委員会は子会社解散を「重要事実」と認定。リリース直前に実施した自社株買いをインサイダー取引と見なし、四千三百七十八万円の課徴金納付に値すると判断した。
 現在の課徴金制度は、「重要事実」の公表前に当事者が株式を売買した場合は、インサイダー取引として課徴金の対象となる。問題はコマツのように、実質的に株価に影響がない情報開示で、不正に利益を上げようとする意図がない場合でも、機械的に課徴金が科されてしまう点だ。
 野村資本市場研究所の大崎貞和研究主幹は、「インサイダーが課徴金の対象となるのは、市場の価格形成に悪影響を及ぼすからのはず。コマツのように株価に全く影響がないのに適用するのはおかしい」と指摘する。
 行為の悪質性や重大性が課徴金額に的確に反映されないのは、有価証券報告書の虚偽記載も同じだ。課徴金額は時価総額の十万分の三と、三百万円のうち大きい方の額とされており、粉飾決算額がいくら大きくても課徴金額は時価総額の多寡によって決まる。
 「同じ粉飾決算でも一億円の資産過大計上と百億円の過大計上は(重みが)異なる。(粉飾の影響による)株価の変動率を基準にすべきではないか」。金融審議会(首相の諮問機関)の専門作業部会で、座長の黒沼悦郎早稲田大学大学院教授はこう問題提起した。
 こうした問題点は影響が軽微な場合は課徴金を減免するなど、算定方法に柔軟性を持たせることで改善できる。実際、欧米では上限の範囲内で当局が課徴金の「裁量」を持つ仕組みなどが一般的だ。「裁量型でないと違反の内容とペナルティーの間にずれが生じる。硬直的な制度は日本だけだ」(一橋大学大学院の村上政博教授)
 ただ、課徴金の実務を担う監視委は裁量型導入に及び腰だ。「課徴金額が当局の判断で変わるとなると説明責任が生じる。裁量への批判を避けるために、今より調査に時間をかけ理論武装する必要もある」(幹部)
 硬直的な運用以外にも検討課題はある。課徴金の対象とされた企業や個人が異議を申し立てる審判手続きの改善だ。
 今年五月、課徴金勧告の対象となった大塚家具は監視委の事実認定の根拠を探るため、事件記録すべての閲覧謄写を求める上申書を金融庁長官に提出した。利害関係人は閲覧謄写を請求できるという金融商品取引法に基づいた要望だった。
 しかし、関係者によると、金融庁は「株式の取引記録や調書などは閲覧の対象外」などとして重要な記録の開示に応じなかったという。大塚家具は、異議申し立てを断念した。
 大塚家具を含め過去の二十八件の課徴金事例のうち金融当局と争った例は皆無。背景には当局と企業・個人間の情報面での不平等があるとの指摘がある。「なぜ一件も審判での争いがないのか。抜本的な検証が不可欠だ」(法制度に詳しい自民党の柴山昌彦議員)
 だが、金融審では「当事者のプライバシー」などの観点で閲覧謄写の範囲の抑制が論点に浮上しており、企業側の問題意識とのずれが目立っている。
 金融審の委員も務める上柳敏郎弁護士は「金融当局の都合に合わせて制度を見直すわけではない」とくぎを刺す。罰則の公平性を確保するための改正へ、制度運用の実態を踏まえた丁寧かつ柔軟な見直し作業が求められている。
*金融庁は大塚家具が上申書で求めた事件記録の閲覧を認めなかった

2007年11月16日