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2007年エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10(2007/12/30)

その他

エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10
回顧録に刺激、新訳で古典
貧困問題にも高い関心
 忙しい社会人にとって年末年始のオフはまたとない読書シーズン。とはいっても、何を読んだらいいのか、頭を悩ましている人が実は多いのではないか。そこで日ごろ紙面でおなじみの著名な学者、エコノミストら二十七人に今年一番のお薦めの経済・経営書を選んでもらい、その結果を同志社大学教授の橘木俊詔さんに解説してもらった。
 景気は回復が続くのか、それとも下降するのか、分岐点に差しかかった日本経済だが、今年も読者を魅了する経済・経営書が数多く世に出た。上位にランクされた本をジャンル別に大胆に分けてみると、(一)翻訳書(二)貧困問題(三)マクロ経済の評価(四)財政・金融問題(五)アジア問題――を取り上げた書となる。
 なんと翻訳書がトップ三を占めた。『波乱の時代』(1位)は実力派、米連邦準備理事会(FRB)前議長の回顧録で、アメリカ経済の過去五十年間の軌跡と、ルービン元財務長官流の経済学の考え方に基づき、今後の世界経済の予想が見事に描かれている。著者が何を考えながら中央銀行の政策決定メカニズムを運営したかが手に取るようにわかる。日銀総裁も総裁退任後にこのような刺激的な本を是非書いてほしいものである。
 『国富論』(2位)は経済学の古典として名高いアダム・スミスの新訳である。自由放任主義経済は最適な成果を生む経済運営とされ、この本は社会科学の基本文献とみなされてきた。もっとも、スミス自身は『道徳情操論』で市場経済では取引参加者の倫理も重要と指摘しており、二冊は併せて読まれるべきであろう。市場参加者の倫理が欠ければ、市場は予期せぬ暴走を起こすことがある。上位二冊はいずれも山岡洋一氏の名訳が輝いており、外国書が日本で読まれるには、翻訳者の役割が大切であることを示唆している。
 『市場を創(つく)る』(3位)は難解な経済理論、例えば契約理論やオークション理論を、具体例を用いて解説した教科書である。公正な市場がどのような監視と規制の下でどう設計されてきたかがよく分かる。『国富論』とともに読めば、経済にとって市場がいかに大切であるかが明瞭に頭に入るに違いない。さらに、二百年あまり前から市場への見方がどう変化・進展してきたのかを知ることもできる。
 貧困問題を扱ったのが、『現代の貧困』(4位)である。日本が格差社会に突入したとの見方が強まっているが、実は格差よりも貧困の方がより緊急性の高い課題となったことを教える本で、貧困問題を現場に入って長い間克明に描き続けてきた専門家による警告本である。「一九八〇年代以降日本において発生した貧困問題を平明かつ具体的に取り扱っている」「現代日本経済を考えるに際して不可欠だが、見えにくい部分に対する認識を覚醒(かくせい)させてくれる好著」として多くの支持を集めた。
 マクロ経済の評価分野では、三冊が上位に入った。『成長信仰の桎梏(しっこく)』(5位)では、経済を語るとき、国内総生産(GDP)に頼らず、消費を中心軸において論じるべきだとの著者の主張が展開されている。しかし、消費のデータ収集はまだ不十分。データ整備が今後の課題となろう。
 小泉内閣時の日本経済の政策担当者が不良債権処理を巡る金融改革や郵政民営化などの政策、さらには、経済財政諮問会議での政策決定プロセスなどを赤裸々に自己評価したのが『構造改革の真実』(6位)である。有益な情報が満載だが、言うまでもなく客観評価は第三者によってなされなくてはならない。『不況のメカニズム』(9位)は、現代では旗色の悪いケインズ経済学に立脚して不況を解明した。著者の小野氏のいうケインズの復活はあるのか、興味は尽きない。
 財政・金融では『「小さな政府」の落とし穴』(8位)『金融再生危機の本質』(9位)の二冊がリストにあがった。前者は財政学きっての正統派の専門家が政府の役割を分析したもので、「小さな政府を」という世に受け入れられやすい言説の怪しさを議論した。後者は不良債権処理の問題をデータを用いて解明したもので、今後の金融システムを考える上で役立つ書と言えよう。
 アジア関連の本としては『現代中国の経済改革』(6位)『超長期予測 老いるアジア』(11位)がある。前者は、中国の経済改革がいかに急激な発展を促し、かつどのような課題が残っているかを、近代経済学の手法を用いて分析している。共産党の一党独裁政治と市場経済の運営をどう調整するのか、中国経済の動向からは今後も目が離せない。いずれアジア諸国は人口減少の時代を迎えて、経済の興隆は終焉(しゅうえん)に向かうと予想されている。後者はそれを防ぐには各国が何らかの政策を導入せねばならないことを説いている。
 今年のランキング上位に入った書物から読み取れる特徴の一つは、小泉内閣の構造改革を積極的に評価する本と、貧困に代表される構造改革の負の側面が描かれた本の二極化現象である。評者の見るところ、これは高い経済成長率に代表される経済効率の重視か、分配面を考慮した公平性の重視かという経済政策の目標における対立の反映でもある。
 この対立は政府与党内における「成長率の上げ潮路線」と「分配にも配慮した財政再建路線」の対立にも結びついている。福田内閣はどちらを目指しているのだろう。書籍の二極化からは構造改革に対する読者の評価も揺れ動いていることがうかがえる。
 今回トップ三の図書を外国書の翻訳が独占したことは、日本人の著者が何をしていたのかを厳しく問うているという解釈もできよう。気鋭の、若手経済学者はレフェリー付きの学術誌への論文掲載に血眼になっている。そのため、本紙で取り上げられるような本の執筆には、恐らくは躊躇(ためら)いがあるのだろう。しかし、ランキングには数は少ないものの、その両方をこなす優れた経済学者による本が複数含まれている。来年は日本人の著者による優れた著作が数多くランキングに入選することを大いに期待したい。
 回答者は次の27人(五十音順)。池尾和人(慶応義塾大学教授)▼今井賢一(スタンフォード大学名誉シニアフェロー)▼岩井八郎(京都大学教授)▼祝迫得夫(一橋大学准教授)▼植田和弘(京都大学教授)▼太田肇(同志社大学教授)▼大竹文雄(大阪大学教授)▼大瀧雅之(東京大学教授)▼小川進(神戸大学教授)▼奥村洋彦(学習院大学教授)▼金井壽宏(神戸大学教授)▼小西砂千夫(関西学院大学教授)▼駒村康平(慶応義塾大学教授)▼佐々木弾(東京大学准教授)▼鹿野嘉昭(同志社大学教授)▼地主敏樹(神戸大学教授)▼嶋中雄二(三菱UFJ証券景気循環研究所長)▼白波瀬佐和子(東京大学准教授)▼宅森昭吉(三井住友アセットマネジメントチーフエコノミスト)▼橘木俊詔(同志社大学教授)▼寺西重郎(日本大学教授)▼堂目卓生(大阪大学教授)▼畑農鋭矢(明治大学准教授)▼福田慎一(東京大学教授)▼細田衛士(慶応義塾大学教授)▼松井彰彦(東京大学教授)▼八代尚宏(国際基督教大学教授)
・対象は2006年12月―2007年11月の期間に刊行された書籍。
・推薦者に1位から5位まで順位をつけてもらい、1位を5点、2位を4点、3位を3点、4位を2点、5位を1点として計算、合計点をもとにランキング化した。

2007年12月30日