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時価会計一部凍結へ(日経新聞2008/10/17)

会計基準関係

日米欧
時価会計一部凍結へ
金融危機封じへ非常手段
 日米欧が一斉に、金融機関や企業が保有する債券や証券化商品などの金融商品を時価で評価する時価会計の適用を一部凍結する方向で動き出した。日本は民間の企業会計基準委員会(ASBJ)が十六日、時価評価の対象外になる範囲を拡大するなど会計基準を見直す検討を始めた。市場の混乱を受けて時価会計凍結を検討する米国や、見直し策を打ち出した欧州に追随する。世界的な金融危機を封じ込めるため緊急措置に踏み切る。(時価会計は3面「きょうのことば」参照)=関連記事7面に
評価損見送り-証券化商品など可能
 日本の会計基準を作るASBJは十六日の会合で「金融商品に関する会計基準」の見直しで一致した。年内にも改正案をまとめる見通し。これを受け、金融庁が金融商品取引法の関係政省令で最終決定する。適用時期は未定だが二〇〇九年三月期から適用する可能性がある。
 見直した基準は銀行や証券会社、企業が利用できるようにする。欧米が時価会計適用を棚上げする検討を始めており、追随しなければ日本の企業や金融機関が競争上、不利な立場に追い込まれる懸念があった。
 時価会計が一部凍結されれば、金融機関や企業が保有する変動利付国債や証券化商品などの価格が大幅に下落しても、決算期ごとに特別損失を計上しなくて済む。金融市場の動揺で、下落率の大きい金融商品を持つ場合は減損対象となり、大幅な特別損失を計上する必要に迫られていた。
 欧米当局は民間で決める会計ルールに踏み込んだ異例の対策を打ち出し始めた。米国は金融安定化法に時価会計を一時停止できる措置を盛り込んだ。欧州でもEU(欧州連合)が十五日に時価会計の対象外となる金融商品の範囲を拡大する対策を決めた。日本も足並みをそろえ、ASBJに検討要請していた。今月の主要七カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議では、各国が政策を総動員して金融危機に対応することで合意している。
 ASBJは企業や金融機関が会計方式を選べるようにすることを検討。また、減損対象となる金融商品を取得時の価格(簿価)で評価できる「満期保有」への変更を認める案を軸に議論する。企業や金融機関は取得時に保有目的を決め、「売買目的」で保有する場合は決算期ごとに評価損を業績に反映することを義務づけられている。現在のルールは「売買目的保有」から「満期保有」への変更を禁じているが、これを解禁。自由に変更可能にするか条件付きで変えられるかを検討する。

時価会計(きょうのことば)
▽…企業が保有する株式、債券、デリバティブ(金融派生商品)などを時価で評価し、決算書に反映させる会計ルール。銀行、証券会社は1997年度から短期売買を目的にした有価証券取引を時価会計で処理できるようになり、金融機関以外でも2000年度から導入した。01年度からは持ち合い株式でも取り入れた。
▽…保有する有価証券のうち満期保有や売買目的ではない「その他」の区分にあるものは、原則として下落率が50%以上となった場合、簿価と時価の差額を損失として計上する。簿価と時価の差額は損益計算書に損失として反映、貸借対照表上でも自己資本の減少という形で表れる。

時価会計一部凍結へ
地域金融健全化へ「劇薬」
金融庁、適用時期など焦点に
 日本が米欧と歩調を合わせて時価会計の適用を一部凍結するのは、地域経済の信用収縮に歯止めをかける狙いがある。市場の混乱の直撃を受けている地域金融機関の財務の悪化を食い止めることで、中小企業金融の円滑化を図る。凍結は一方で企業財務に不透明さが増し、株が売られる可能性もある「劇薬」でもある。今年度の決算に間に合わせることができるか、一部凍結の適用時期が焦点になりそうだ。(1面参照)
■地銀の要望が決め手
 時価会計は金融分野で日本が欧米並みに整備してきた数少ない分野。日本でも国際会計基準導入の地ならしが進みつつあったところに、欧米が凍結への逆行を始めた。金融庁は当初「逆行する改革はしない」と冷淡な姿勢だった。
 事態が急展開したのは十五日夜の中川昭一財務・金融担当相と金融界トップとの会談だ。全国地方銀行協会会長で横浜銀行の小川是頭取らが「時価会計の停止を検討してほしい」と要望したことが決め手となった。
 信託協会の田辺和夫会長も十六日の記者会見で、時価会計の停止も含めた経過措置が必要だとの認識を示した。
 地域金融機関はここ数年、優良な貸出先を確保することが難しいため、効率的に資金を回すことができる有価証券の運用を増やしてきた。株式や国債だけでなく、破綻したリーマン・ブラザーズ証券などの投資銀行が売り込んだ複雑な仕組みの証券化商品も多い。
■証券化商品は先行適用も
 二〇〇八年度には証券化商品などで評価損の計上が避けられない。財務基盤の弱い地域金融機関の健全性が揺らぎかねず、金融庁が重点政策に掲げる中小金融の円滑化も進まない懸念があった。時価会計の一部凍結は副作用も大きい劇薬であるために、金融庁関係者の中には「時価会計を一部凍結すれば、逆に金融機関の風評を呼びかねない」との慎重論もあったが、結果的に金融安定化を優先した。
 具体的には適用時期や対象商品の範囲などが焦点になる。証券化商品の基準見直しは、あいまいだった会計基準の運用ルールを明確にすれば済むため、時間はかからない。他の基準変更に先立って十月中にも措置し、九月の中間決算で適用できるようになる見通しだ。
■保有区分の振り替え課題
 株式には債券などとは違って「満期保有」という考え方がなく、対象外となる見通し。
 問題は有価証券の保有区分の振り替えだ。時価評価が必要な「売買目的」から、必要のない「満期保有」に振り替えることができる基準の変更は「ある程度の時間をかけて議論すべきだ」(金融庁幹部)という。銀行の中間決算の公表は十一月中旬から本格化する。過去の決算期にさかのぼって適用できるかを金融界は注視する。基準の切り替えをめぐり、決算発表が混乱する可能性もある。

凍結長期化なら傷深く
 時価会計の適用を一部凍結しても金融機関の経営が安定する保証はなく、市場が隠された損失に対して疑心暗鬼を深める可能性も大きい。期間が長引けば資本市場の機能が衰え、企業の活動全般が沈滞しかねない。
 金融危機の発端のひとつは、米欧の金融機関が簿外扱いにしていた証券化商品の運用会社にヘッジファンドなどが疑いの目を向け、売りに走ったことだった。
 米シティグループが十六日に発表した二〇〇八年七―九月期決算は、簿外だった運用会社の評価損として二十億ドルが計上された。同期のシティ全体の最終損失は二十八億ドル。厳格に時価会計を適用せず、評価損がなければ、表面上の損益は改善した可能性もある。
 ただ評価損を先送りするだけの時価会計凍結は、目先の痛みを和らげるだけの「劇薬」。凍結状態が長引けば、投資家も金融機関の財務を再び疑い始める。相場の崩落は止まらず、新興企業の株式公開や、経営が健全な事業会社の資本市場からの資金調達にも支障が出る。
 時価会計凍結の主な対象の証券化商品は、国債や株式とは異なり明確な「市場価格」がなかった。それでも時価が分かったのは投機マネーが流れ込み、一時的に活発な売買の対象となっていたからだ。投機が消えた今は市場そのものがなくなり、一部の証券会社の提示する気配値などを参考に評価損を計算してきたのが実情だ。
 米会計基準や国際会計基準はもともと、市場がない場合には理論値などを使った会計を認めてきた。ただ証券化商品の理論値を計算する具体的なモデルや手法作りは後手に回っていた。
 時価会計の一部凍結にあえて意義を見いだすなら、市場がない金融商品の評価方法やルールを整備するための時間稼ぎということだ。ルール整備のあいだに金融機関は資本増強を急ぎ、評価損や売却損を吸収できる体質に転換すべきだ。
 米欧の時価会計凍結の措置では、株式は対象外だ。日本では今後、持ち合い株式の時価評価をめぐる議論が再燃する可能性もある。
 一九九八年の日本の金融危機では、邦銀の持つ株式に関して評価損が表面化しない「原価法」という会計処理が認められ多くの銀行が採用した。しかし投資家は損失を独自に計算して銀行株を売った。隠そうと隠すまいと市場は見抜く。その経験が日本の株式市場には教訓として残っているはずだ。

なぜ時価評価を凍結?
相場下落で損失膨らむ
 企業が株式や債券などの金融商品を購入すると、帳簿には購入した時の価格が記される。しかし、一般的に金融商品は市場の取引などを通じ、常に価格が動いている。決算の時に、その時点の価格で金融商品を評価するのが時価評価だ。決算時の企業の価値を公正に投資家などに開示するという意味で、世界中で主流となっている。
 時価評価すると、商品によっては時価が簿価より下落している場合、差額を損失として計上する必要が生じる。損失が多額なら過去の利益の蓄積などの資本を食い、なかには債務超過となり企業が破綻に追い込まれる可能性もある。
 特に今回のサブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)問題では、複雑な証券化商品や複合金融商品などで、市場そのものが消滅してしまうようなケースが多発した。
 このような商品を時価で評価しようとすると、評価がゼロとなってしまうこともあり、金融機関などの損失はさらに膨らむ。
 米国の会計基準では、上場株式などのような客観的な相場価格がない金融商品は、企業内でできるだけ合理的に算出した価格で評価することを認めている。

2008年10月17日