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日航は「あすの日本」か(日本経済新聞2010/01/18)

その他

日航は「あすの日本」か
危機見えても手を打てず
核心
論説委員長 平田育夫
 日本航空が法的整理に追い込まれた背景を考えると日本全体に通じる問題が見えてくる。
 各国航空会社との競争が激化するなか、経営者の怠慢もあって業務改革が遅れた。中年社員や退職者は既得権に固執。また公的な融資に安易に依存してきた。
 官僚や政治家も、地方空港を乱造して、そこへの運航を日航に半ば強制した。
 要すれば、世界大競争という現実を前に、過去の成功体験にとらわれ、予防的に手を打つのが遅れた。
 現代日本の経済政策や企業経営が抱える弱点を見事に映し出している。日航はあすの日本なのだろうか。
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 今年は所得倍増計画の決定から50年になる。池田勇人首相は知恵袋の下村治氏の成長理論を取り込んで、「10年で月給2倍」と野心的な目標を提示。都留重人氏ら経済学者や金融界の批判を浴びながらも、道路、鉄道への投資や中小企業近代化策を進め、予定より3年早く目標を達成した。
 ぼっ興期で、政策選択の幅も広かったとはいえ、先見性ある決断だった。
 鳩山内閣が先に決めた新成長戦略は環境、医療などを柱に年3%の名目成長を目指す。過去10年の平均はマイナス0・54%だから、野心的だが、成長に必要な規制緩和や法人税減税など政治的に難しい課題は前政権と同様、あいまいだ。
 20年近く前から大胆な構造改革が必要だと分かっていながら、抜本的な経営改善策をとれずにきた日航経営陣と似た面がある。
 改革に踏み切れない大きな原因に、中高年層の反発がある点でも、日航と日本は相似形である。
 日航では長年、中年社員が主導権を握る労働組合が業務効率化に非協力的で、退職者は高い年金の減額にぎりぎりまで抵抗した。
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 日本全体でも中高年が様々な分野で強すぎる存在感を示す。特に1947年~49年生まれの団塊の世代、670万人である。高度成長期に育ち、20歳代で73年の福祉元年を迎えた。社会保障の充実や公共事業の増額などで、地方にいても豊かになれた。
 いわば「田中角栄という社会主義革命家」(経済評論家の増田悦佐氏)に助けられた世代だから、国頼みを当然と考えがちだ。
 英国人の投資戦略専門家で日本経済に詳しいP・タスカ氏が「中年男性の再配分連盟」と呼ぶ、目に見えない連帯が日航だけでなく日本の社会全体にある。
 その連帯は強力で、医療、農業、電力など多くの分野で新規参入に反対する。法人税制をベンチャー企業に有利なように作り替えるという考えに反発しがちなのも、従来型企業に勤める中年の役員・社員だ。
 中高年は人口が多い上に選挙の投票率も高いので、政治的に大きな力を持つ。
だから社会保障などの面でも恵まれている。
 60歳以上の人は生涯を通じ、税金や社会保険料で政府に払う額より、社会保障など受け取る分が4875万円多い。20歳代は反対に支払いが受け取りより1660万円多い (図)
 実に不公平。年金給付の減額などの改革が遅れると後世代の負担がさらに増えて、成長を抑制しかねないが、政治家は中高年の反乱を恐れ改革には慎重だ。
 それは日航経営陣が現役社員の人件費を減らしながらも、年4・5%の利率に基づく高い年金の減額を昨年春まで言い出さなかったのと似た構図である。
 日航は資金繰り難に陥ると日本政策投資銀行から融資してもらい、しのいできた。日本政府もケインズ政策の名目で景気回復期にも国債を乱発し、国内総生産に対する国と地方の長期債務残高の比率は1・7倍と先進国で突出して高い。
 国債とはつまり国を通じた若い人や子孫からの借金。中高年層はそれを何とも思わなくなったのか。
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 少子高齢化や世界大競争という厳しい環境のなかで、子や孫の生活を守り過大な負担を残さないためには現世代、特に中高年の既得権意識を何とかしなくてはならない。それこそが鳩山政権が挑むべき課題だ。
 たとえば後期高齢者医療制度を廃止するという。今でも運用上は現役に比べ高齢者をかなり優遇している。さらに手厚く遇するなら、現役世代の意見を聞いてからにしてほしい。
 医療や電力、農業、運輸などで今の規制を続けるなら、国民投票で是非を問うぐらいの覚悟で臨むべきではないか。厳しい改革を避けていては経済はよくならないし、後の世代に重い負担を押しつけるだけだ。
 次々に改革を進め危機を克服した人物の典型は米沢藩主の上杉鷹山だ。自らおかゆをすすり節倹を奨励する一方、非常食のウコギ栽培やコイの養殖を広め、教育に力を入れた。今でも山形県南部にはウコギやコイの池が残り、後世代に貢献したことがうかがえる。
 その鷹山を「日本で最も尊敬する政治家」とたたえたのはケネディ米元大統領。ケネディ自身は非業の死を遂げ理想主義も道半ばで終わったが、ワシントン郊外の墓の前には横長の石碑があり、就任演説の有名な一節が刻まれている。
 「国に何をしてもらうかではなく、国のために何をできるかを問え」。つい最近までの日航のように改革を嫌い、国頼み、借金頼みを続ける現代日本人にとって耳が痛い言葉である。

2010年01月18日